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読書メモ:ヴァイツゼッカー(1940/1975)『ゲシュタルトクライス』(木村敏・濱中淑彦共訳)みすず書房

更新日:20 時間前

 ヴィクトーア・フォン・ヴァイツゼッカー著『ゲシュタルトクライス』を久しぶりに通読した。私が持っているのは画像1枚目のもので、大学院生の頃に買った2004年の新装版第3刷。今はさらに新装されたバージョンが出ていて、こちらの表紙の方は、本文中の図がデザインされていて、内容がひと目で掴めるようになっている(画像2枚目)。また、書籍や版によって名前の表記に揺れがあるが、今回は私がいちばん馴染んでいる(ヴィクトーア・フォン・)ヴァイツゼッカーとしている。


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 ここで論じられている「ゲシュタルトクライス」とは、認知作用の円環のことで、力学的な働きかけはそれが向かう先からのフィードバックによる影響を受けるし、その影響がさらに働きかけに作用する、というもの。馬が走り方を常歩・速足・駈歩・ギャロップと変えていく様子を想像すると、ヴァイツゼッカーが言わんとするところがわかりやすい。


 この理論は、現代の認知心理学で言う「アフォーダンス」の先駆けとも言われていて、これを計測というよりも思考の中から生み出しているのが面白い。


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 (認知心理学者ではなく)臨床心理学者がこれを読む意味としては、これを単なる認知の問題に留めず、主体の発生と関わるものとして論じているところにある。


 経時的に認知の軌跡が変わっていくということは、そこには時間と空間というものが当然関わる。変化が時間を感じさせ、時間が空間を生み、そこに心というものが発生する余地がある。(このあたりは、本書の訳者であり、ヴァイツゼッカーの友人でもあった木村敏の影響も大である。)


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 ヴァイツゼッカーが特に着目するのは円環運動に危機が発生するときで、働きかけが反発を生むことが、そこに主体が関わっていることを自覚させ、それが心を生む。(危機が心とその発展を生む、というのはエリクソン理論に似ている。)この考え方は、後に『パトゾフィー』としてまとめられることになる。


(2026.8.2追記) 極めて雑駁な臨床的実感だけれども、以前にブログ記事にした「自明性の喪失」はこの循環の輪が切れた状態と理解できるだろうし、この循環の輪は河合隼雄が『心理療法序説』の中で書いている「自然(じねん)モデル」というのとも重なるところがあるだろうと思う。


<文献>


 

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