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「おもしろいからだと答える」

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 当オフィスで提供している心理療法の形態として、描画療法というものがあります。文字通り、絵を描くことによって心を癒やす方法です。何を描くのか、どのように描くのかは様々であり、描く人の必然性に応じて、それぞれの方法にたどり着くものです。


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 絵を描くことがどのように心の修復や癒やしに役立つのか。これにはいろいろな説明がなされていて入り組んでもいるのですが、たとえば木の絵を描いてもらう「バウムテスト」と呼ばれるものは、その名の通り“テスト(検査)”として開発・研究されています。描いた人の人格や生きてきた歴史などが映し出されると考えられていて、読み取りにもある程度決まった指標があります。ここから、描き手に必要な手当ての方法を考えるという形で、心の治療に役立てます。


 一方で、その人の心の傷つきや弱りに対してエネルギーを与えるような発想で用いられる方法もあります。スクイグル(・ゲーム)と呼ばれるぐるぐる描き遊びや自由画などがそれに当たります。その人のうちに潜在している創造性を発揮してもらうことで、自己治癒や自己修復を促すようなイメージでしょうか。


 実際には、このようにきれいに分類できるものではなく、バウムテストとして木の絵を描くことで自分の中の創造性を発見することもあれば、自由になんとなく描いた絵に、その人らしさが読み取れることも十分ありえます。自分らしさを自覚することが、治癒の力をもつこともあります。


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 ところで、認知科学の研究者である齋藤亜矢の『ヒトはなぜ絵を描くのかーー芸術認知科学への招待』(岩波書店)という本があります。この本は、心理療法における描画について考える上で重要なことが記されているのではと思っています。


 この著作の中で齋藤は、類人猿(チンパンジー)と人の乳幼児の描画行為を比較検討して、ヒトが動物一般から分岐しヒトになっていくプロセスでは、絵を描くことによる身体的なフィードバックだけでなく、対人的なフィードバックを楽しめるかどうかが分け目となることを見出しています。また、ヒトの乳児と幼児を比較して、そこにないもの(象徴・イメージ)を現出させること、それを他者と共有することに喜びを感じるのがヒトとしての心と行為の成熟の証であると実証しています。そしてこれらのことは、ラスコーやアルタミラの洞窟壁画が描かれた数万年前から、ヒトが連綿と続けてきた営みだと結論づけています。そして最終的に、ヒトが絵を描くのは「おもしろいから」というのです。

 

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 他者の存在が怖かったり苦しかったりする方が、心理療法を訪れます。また、イメージなどが自分の中に勝手に発動して「おもしろい」どころか苦痛を呼ぶのだという訴えもあります。絵を描くことが他者やイメージを「おもしろい」と感じさせる可能性を含んでいるのならば、心理療法に描画を導入するのは、「おもしろい」と安心して思えるための心という場を準備する・整える、というイメージでしょうか。


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 というわけで、この本は読みやすく、ヒトにとっての描画の意味を考えられるだけでなく、チンパンジーの個体による画風の違いなど、掲載されている資料そのものがとても「おもしろい」のでぜひ読んでいただきたい一冊です。心理療法を行う人にも、受ける人にも、新しい発見があることと思います。


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